下宿人

DVDで鑑賞。
主婦が、下宿人は連続殺人鬼なのではないかと疑う。
冒頭、地図、赤く染まっていく道、雨の降るハリウッドの街路、赤インクで書かれる文字、それらが音楽にのって絡み合う。
雨の中、発見された死体。売春婦が殺害された。刃物でメッタ刺しにされている。ビニールシートを被せられた死体から流れ出た血が、雨水に赤く混じって地面を流れていく。
そのころ、ハリウッドのある家では、離れを貸したいと考えている夫婦がいた。しかしなかなか借り手が現れない。夫は夜勤で家を空ける時間が長く、妻は気分が鬱々としていた。そこへ、やっと、借りたいという人物が現れる。下宿人となった男を、妻は気にするようになる。
私は原作の小説、ベロック・ローンズ『下宿人』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)を読んだことがある。ロンドンを騒がせた切り裂きジャック事件を素材にしたもので、女主人が下宿人を切り裂きジャックなのではないかと疑うおはなしだった。英国女流ミステリの基本のような作品だったと記憶している。ヒッチコックが映画化しており、テレビで観たことがあるが、サイレント映画だった。
今回のデヴィッド・オンダーチェ監督『下宿人』は、舞台を現代のロサンゼルスに置き換え、下宿人が連続殺人鬼かもしれない、というアイデアはそのままだが、映画用にかなり大きく話を作り変えている。
犯人は切り裂きジャックを模倣した連続殺人鬼と目され、事件を捜査する刑事の一人は、過去にこの犯人による殺人事件を別人の犯行と取り違え、冤罪で死刑にしてしまったのではないかとの疑いが出てくる。下宿人を世話する主婦は、精神状態が不安定で、夫に心配されている。
ダリオ・アルジェント作品などジャッロを思い出させる映像で、クラシックの調べと共に映画全体が音楽のように流れていく。役者同士の掛け合いも見事なアンサンブル。殺害場面はヒッチコックの「サイコ」のシャワー・シーンに似た、直接的な肉体損壊を見せずに痛みと恐怖を感じさせる表現。
舞台がロサンゼルスなのに雨の場面が多い映画だが、ロンドンの切り裂きジャックがもたらす幻想が核となった作品だからかもしれない。