私もすべての雑誌や新聞に目を通しているわけではないので、こう決めつけるのもよくないんだろうが、時事を取り上げて語る類のエッセイやコラムをお書きになっている方たちは、現政権の悪口を言うことはあっても、いまや渦中の人と化した橋下徹や彼の率いる維新の会については触れるのを避けているように見える。
マスコミの取り上げ方や一般人への受け方について、文化人として何か言いたくなることはないのだろうか。小泉ブームのときは、いろいろなところで揶揄や苦言を目にしたものだが。
『世界』2012年7月号の特集「橋下維新」では、さすがに橋下ブームについての観察と分析も読むことができた。以前にもこの日記で紹介した、想田和弘『言葉が「支配」するもの』だ。ツイッターでの橋下発言や支持者の書き込みを追い、そこに見える特徴を示し、なぜそれに引かれる人がかなりの数出るのかを分析、こういう事態を招いたのはこれまでのリベラルといわれる側の怠慢にも原因があるのではないかと考察していました。興味のある方はぜひ読んでもらいたい。でも!
想田和弘はニューヨーク在住の映画作家なのです。ツイッターでずっと橋下発言についてコメントを続けていたところ、『世界』編集部から原稿の依頼が来たのでそれを受けて記事を書いたのだそうです。
海外在住だからこそ、客観的に日本の状況が見えるという利点もあるでしょう。しかし、橋下ブームの空気の中で日々過ごす者でないと感じ取れない面もある筈です。想田和弘だけでなく、日本に住んでいる文化人にも何か書いてもらってもよさそうなものではないでしょうか。読む方としても、異なる方向から見た二本立てのほうがおもしろかっただろうに。
そしてここから下衆の勘繰りになるんですが、ニューヨーク在住の想田和弘に原稿を依頼したのは、国内の文化人は頼んでも書いてくれそうにないからなんじゃないかと。
小沢一郎についてなら書いてくれる人も、橋下徹については書きたがらない、とかね。
今のところ目立ったところで何か言ったのってナベツネくらいなんじゃないのかな。
橋下徹はマスコミ文化人上がりの政治家で、いまや総理になるのも夢じゃないような勢いを見せている。マスコミ文化人にとっては、やっとお仲間が天下を取る日が来た、みたいなかんじなんだろうか。それとも、近しいだけに公で批判すると後々まずいことになりそうだというひりひりした予感があるのか。
これだけ時の人になると、そのうち人気に便乗するような形の批判本も出るだろうけれども、現時点での橋下徹は、文化人にとっては自民党や民主党の政治家や石原慎太郎東京都知事よりも、悪口がいいにくい相手らしい。
昨日の四国新聞には次期衆院選立候補予想と情勢分析という、これまでなら週刊誌がやっていたような記事が大きく紙面を取って載せられた。選挙時に立候補者の中から投票する人を選ぶしかない有権者にとってはおもしろがるしかない記事だが、日本維新の会にとっては大いに参考になる記事だったろう。共同通信は、橋下徹のためにデータ集めと情報分析をしてあげているのだろうか。
個人的な狭い知見からの感想だが、橋下徹を取り巻く不気味な現象のひとつとして、日記に書いておく次第。