山内昌之『世界の歴史20 近代イスラームの挑戦』中央公論社

技術革新と軍事革命を終えた西欧各国は、近代になると他の文明圏へも遠征し、各地を西欧が主導するグローバル・システムに取り込み始めた。
それまではヨーロッパのキリスト教世界からは独立した文明圏でいられたイスラーム社会も、近代化した西欧からの衝撃を受け、揺らぎはじめる。
この本では黒船来航で文明開化を迫られた日本とも重なる近代イスラーム社会の苦節と試行錯誤が描かれる。
明治時代、日本からの使節が見た当時のエジプトの光景と、ヨーロッパに蹂躙されないために日本はどうすべきかと考えたこと、ウラービー・パシャからの日本人への警告、日露戦争イスラーム社会に与えた刺激、ロシアとクリミア、チェチェン、イラン、トルコ、アラブとワッハーブ運動など今の中東情勢にそのままつながってくる話題が並びます。
近代西欧が生んだ“自由”“平等”“民主主義”“人権”という理念の普遍的価値は、私もその恩恵を受けている一人として疑うものではありませんし、そういう理念を生み出した西欧文明には讃嘆を惜しまないわけですが、人間が理念だけで成り立っているわけではないのも単なる事実。
光が強ければ影も濃い、というか、そのような普遍的価値を生み出し得る西欧の近代市民社会の豊かさは植民地からの収奪で支えられていたということですよね。
西欧に食われてはならぬと奮起しがんばった日本は、その甲斐あってかすぐに収奪する側に回りました。よくもわるくもそういう過程を経て今の日本がここに在ります。
現在に至るまで、近代的価値観によって世界各地の不平等や格差をなくそうとする動きは続いており、その過程で成果もあり、西欧はよいこともしてきたことを私たちは知っています。
でも、西欧には非西欧の側が抱く屈折はわかってもらえそうにないなと思わせられることも多いですよね。
この本では、当時オスマン帝国が異教徒を保護する目的で運用していた法が逆手に取られ、西欧に金融や商業の分野を侵食されていった事例が出てきましたが、今はひょっとしたら欧米が様々な局面で、自分たちの建前に縛られたような不自由さを覚えることが増えているのかもしれない。まあその一方では相変わらずなことをしているなあというのも多々見られますけれども。
あれもこれも歴史の流れからすると一抹の泡、そういうこともあるよこれまでにもあったしだからこれからも、みたいなことなのか。
ニュースを見て「えーっ!!」となることはよくありますが、たまにこういう歴史を概観できる本を読むと、おおげさに一喜一憂することもないし、無駄に悲観する必要もないよと教えられるような気がする。
中央公論社の『世界の歴史』シリーズはカラー図版が多く、見て楽しいのがよいです。一般の人向けにわかりやすく書かれています。お薦めです。