ハドソン川の奇跡

ハドソン川に不時着した機長の手記を映画化。
2009年1月15日、マンハッタン上空わずか850メートルの低空地点で旅客機が急にエンジン停止に見舞われる。サレンバーガー機長(トム・ハンクス)はとっさの判断でハドソン川に不時着、乗員乗客全員無事に救出される。一躍時の人となるが、その後、事故調査委員会の追及にさらされる。……
原題の Sully は主人公の愛称。ベテランパイロットとして思わぬ事故も無事切り抜け、テレビではヒーロー扱いされるが、危険に身を曝した記憶は白日夢として度々蘇る。事故調査委員会の検証でコンピュータによるシミュレーションが根拠に持ち出されることにも苛立ちを覚える。この事故調査委員会の模様がこの映画の見どころ、また、事故当時の様子を無駄なく描いており、いまとなってはこういううまさがクラシカルな味わいになるのがご時世ですなあという感じ。
パイロットして適正だったのかどうかを執拗に探られるせいで、主人公は飛行機が好きだった少年時代や空軍にいた頃に思いを巡らせる。その回想場面がなつかしの航空映画風なのもうれしい。
96分で、航空機事故の場面などの表現は過不足なく、事故調査委員会の場面が本体であるというバランスを崩すことなくスペクタクルしている。このあたりはロバート・レッドフォード「大いなる陰謀」にも通じる好感度高い映画力。昔、色川武大が、アメリカ映画は大作よりも中肉の作品にいいものが多い(そこで上質中肉例に挙げられたのは「アスファルト・ジャングル」だったが)と書いていたのを思い出す―― ま、アメリカ映画は金のかかり方が他国と全然ちがうので、中肉でもアメリカンの中肉となりますが。
ロバート・レッドフォード作品と異なるのは、イーストウッド作品には配給元のワーナー・ブラザーズのロゴがよく似合うところだろうか。
個人的には、日本では、イーストウッドにくらべるとレッドフォードが監督として過小評価されているように見えるのがくやしいのだが、イーストウッドはたしかに良い。SFやアメコミ実写化には食指の動かない方も、この映画なら安心して楽しめるのではないでしょうか。
トム・ハンクス演じる主人公は堅実で人間味があり、ここぞという時に職業人としての凄みも見せる。アーロン・エッカートも好演。