アーチャリー

昔ワイドショーでオウムがよく取り上げられていた時期、まだ小学生くらいだったアーチャリーがレポーターに取材されていて、レポーターに「〇〇さんはなんて言ったの?」と他の人のことを聞かれたアーチャリーが「そういうことはわたしが言っちゃいけないでしょ」と答えたのを見て、なかなかしっかりしたいい子じゃないかと思ったことを覚えている。
私自身が高校時代仲間外れにされていじめの標的にされたときのことからまだ立ち直れていなかった頃なので、仲間外れにした子の言動をその子をつんぼさじきにおいたところであげつらい時には歪曲して吹聴し、孤立させ、他の人からわけのわからない対応をされて困惑しているのを眺めておもしろがったり、悪意の妄想にとりまかれた状態で自分たちが仲間から外した生贄がおかしくなっていくのを見て自分の養分にする、など、そういう下衆な行いは、アーチャリーみたいな子はしないだろうな、そんなことをテレビを見て思って、アーチャリーに好印象を持った。
ニュース記事で成人したアーチャリーのことを読んで、しっかりした大人になっているなあ、さすがだなあ、と感服した。親の起こした事件のせいで波乱の人生になった人でもあるのだが、負けてない。いじめ体験からなかなか立ち直れなかった私のような者から見るとまぶしいほどりっぱだ。
大きな被害をもたらしたオウムテロの犯人は極刑は免れないし、被害者やその家族の中には父親の身を案じるアーチャリーの発言に反発を覚える人がいてもそれは自然なことだと受け止めるが、裁判中から精神的にひどく不安定になっていてまともにはなしができる状態ではないと伝えられている麻原彰晃にまず必要なのは治療だ。麻原がオウムについて語れるようにならないと、事件の真相に迫ることもむずかしい。アーチャリーは至極まっとうな発言をしているだけだ。
23年前、日本で宗教テロが起こった。事件直後、オウムテロの意味を考えようとした人たちは袋叩きにされきちがい扱いされて、声を封じられた。
現在、世界は“宗教戦争”の時代に入った模様で、日本もその潮流に巻き込まれている。日本人にとってオウムとはなんだったのか、今からでも検証する必要がある。
オウム死刑囚7人が東京拘置所から移送されたというニュースで、中川智正死刑囚と面会したアンソニー・トゥーコロラド州立大学名誉教授という方の談話がでてくるが、アメリカ人にはオウム犯と面会して事件について調べている人がいるということで、その一方で日本人は何をしているのだろう? と思った。(ニュースにでなかっただけで、調べている人はいるのかもしれないけど。いて欲しいけど……)