ベロック・ローンズ『下宿人』(加藤衞訳、ハヤカワ・ポケット・ミステリ199)

下宿人 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 199)

下宿人 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 199)

ヴィクトリア朝末期のロンドン。元召使で、現在は小さな下宿屋を営んでいるパンティング夫妻は困窮していた。そこに、一人の下宿人が現れる。ひと月分下宿代を前払いしてくれ、夫妻にとってはありがたい存在となったが、少々風変りであった。召使として様々な上流の人々に使えてきたパンティング夫人は学者風の人にも免疫があり、基本的には物静かな紳士である新しい下宿人の世話をそつなくこなしていた。しかし、そのころ、ロンドンでは「復讐者」による連続殺人が起こり始める。パンティング夫人もその事件について知るようになり、それにつれて下宿人の挙動が気になるようになった……。
切り裂きジャック事件にヒントを得て書かれたという英国ミステリ。主人公夫妻が元召使ということから、ヴィクトリア朝の召使の様子がうかがえたりするおもしろさがあります。下宿人が怪しいなあと思い始めた夫妻を描く心理サスペンスの趣。夫妻と夫と先妻の間にできた娘、そしてかつて夫妻の奉公人仲間で今は刑事となった青年が織り成すドラマも登場人物がすべて節度ある市民なのでほほえましい印象、事件については新聞記事の一節や青年刑事の口からあらましが語られるのでどぎつく描写することを避けながら怖さを伝えています。こういう小説はゆったり楽しめていいですね。
古き良き時代の英国ミステリ。戯曲化され、映画化もされています。そのうちのひとつはヒッチコックによるサイレント映画。脚色されていますがさすがヒッチコックYouTubeで見られます。