『世界』2020 March no.930 花粉症と日没

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小塩海平「花粉症と人類 第3講 ヴィクトリア朝の貴族病?」
 花粉の広がりと、その人類との関わり、そして花粉症という症状が人間社会に現れる過程を歴史に沿って語ります。恐竜の時代から始まり、前回は古代から中世、今回はヴィクトリア朝大英帝国
 自然科学と歴史や文学がミルフィーユみたいに重なったおもしろい連載です。ぜひ読んでみてください。
 
 桐野夏生「日没」最終回。徹底して救いのない展開の果てに結末を迎えました。
 この物語は、主人公の小説家が、ブンリンと呼ばれる国家機関にサイトを通じて密告されるところから始まります。彼女の小説は不快な描写が多い、私は読んで傷ついた、彼女は反社会的である、と。
 女子が以前から反感を抱いていた子がぽろりとこぼした言葉を小耳にはさみ、「あの子あんなこと言ってた」と告げ口するのと大差ない状況ですが、主人公はその密告によりブンリンに身柄を拘束されてしまいます。
 小説家として第一線で活躍してきた主人公は、まさか自分の小説がそのような読まれ方をしていたとは思っていなかった、読んだ人によって好き嫌いが分かれることはあっても、自分の小説作品がそのような形で評価され断罪されるとは予想だにしていなかった、しかし、作家が想像もしていなかったことが起こるのです。
 生活実感からいって、小説を読むのが好きな人よりは、小説なんか読まない人の方が多数派ですし、その多数派の中には、本を読むのが好きな子を何故か憎んでいじめたりするタイプの方々が一定数います。
 主人公は不逞物書き収容所となった七福神浜療養所に監禁されてから、その手のタイプをスパイシーに煮詰めたような職員に取り囲まれ追いつめられていきます。
 バブルの時代はマスコミバブルの時代でもありました。それまではマスコミ文化には関心を持たなかった層までが巻き込まれ無関心でいること自体が難しくなった。そして、実は大して興味の持てない人たちまでを含めた一般人全体に対してマスコミ文化人は勝ち組になった。マスコミというアジール全体のバブル化。
 しかし今、インターネットの普及によって、そのアジールが没落しつつあります。
 日没、とは、マスコミバブル崩壊を表しているのかもしれない。バブル崩壊後、適正規模に戻って営為を続けることはできるのだろうか?
 桐野夏生「日没」は、『世界』今月号に掲載されたオルガ・トカルチェクのノーベル文学賞受賞記念講演「優しい語り手」や、先月号に掲載された円城塔「虚実の間に」と連動していくものではなかったかと思われます。