日本生まれで「在日」として生きてきた著者は、自由に往来できない故郷に対して屈折した郷愁の念を抱いてきた。1988年に42年ぶりに韓国を訪れ、その後日本に戻ってから10日間、昼夜連続でソウルと済州島(チェジュド)の夢を見る。目が覚めてからも夢との境界がはっきりしない、不思議な体験。自分が夢を見ていたというよりも、夢を見させられていたような、夢の方が意志をもって出てきたような。
それが『火山島』を書く原点となった。
歴史の闇に葬られた済州島が著者を呼んだのだろうか?
一方、著者とは親子ほど年の離れた女性詩人は、夢の中で『火山島』の登場人物・李芳根(イ・バングン)に会ったのだが、あなたはなぜ彼を死なせたのか、と、作者である著者を問い詰める。著者は小説の作者として、李芳根は『火山島』の世界を生きている人物で、彼がどう生きるかは作者にどうこうできるものではないんだと答えている。
2005年、その女性詩人が自殺したことを伝えられ、著者は大きなショックを受ける。
……
作家ではなくとも、本を読むのが好きな人は、ここに書かれた世界の周縁にいるのではないのだろうか。そういう周縁がないと居られないのではないか。
村上春樹『街とその不確かな壁』と重なる響き、そして同じ『世界』6月号に掲載された小松原織香「災厄の記憶を継承する 最終回 呼ばれて繋がる」とも呼応する。
また、最近やたら強調されるデータやエビデンスというのも、大事なことなんだろうけれども、でもそれだけでは片輪なんじゃないかと思ったり。
『世界』6月号で読んでみてください。