村上春樹『街とその不確かな壁』新潮社

 

 ぼくが17歳できみが16歳のとき、ふたりで作り上げた高い壁で囲まれた街。ぼくはいまその街へ導かれ、自分の影を引きはがされて < 夢読み > の役を務める。図書館には16歳のきみがいるが、外の世界のぼくの記憶は持っていない。壁に囲まれた街での暮らしに慣れてきたころ、ぼくから引きはがされた影が死にかけていることを知り、ぼくは自分の影を救おうと試みる。……
 
 この世とあの世、夢とうつつが交錯する物語世界で、昔読んだ児童書のさし絵を思い出させる情景の中を生きる登場人物の呼吸に自分を重ね合わせれば、自らもこの物語の世界を生きられる。普段はないことにしている息吹が芽生えだす。そしてこの長い物語を通り抜けたとき、壁抜け効果によって無用なこだわりから解放される。垢が落とされ再生する。
 あとがきによれば、もとになったのは四十年前に書いた中編だそうで、ある歌舞伎役者が「私も七十になって、やっとあのお小姓の役がちゃんとやれるようになりました」と言っていたのを思い出した。
 スティーヴン・キングの長編小説を楽しめる人ならふつうに読めるだろう。『街とその不確かな壁』は日本語で書かれたすばらしい物語です。
 
 
 へんなたとえになるんだけれども、極私的には、村上春樹紫式部; 村上龍清少納言; みたいなかんじになるかなって。ちょっとそんな気がした連休の読書体験、私としてはどちらもそこにいて欲しい作家なんですね。

村上龍『ユーチューバー』幻冬舎

書き下ろし中編『ユーチューバー』と、その前章ともいえる短編からなる。
 主軸となる『ユーチューバー』は、自称“世界一もてない男”が四十を前にして会社を辞めユーチューバーになり、3時間近いゼレンスキー批判動画をアップするも注目されず、閲覧者数を増やしたい一心で、ホテルのプールでことばを交わしたことのある有名作家・矢崎に会いに行き、自分が作るユーチューブに出演しないかと誘う。
 「ユーチューブも年寄りのものになりつつあります。FB、つまりフェイスブックやインスタグラムはもう完全に年寄りのものです。だからチャンスなんです。年寄りのものになりつつあるってことを自覚しているユーチューバーはいませんから」
 「よくわからないな、ちょっと部屋に来る?」(p.10)
 矢崎は興味を示し、“世界一もてない男”が制作するユーチューブに出て、女性遍歴を語ることになった。……
 
 有名作家・矢崎は村上龍が色濃く投影された登場人物で、実録ものに加工された私小説を読む気分で楽しめる。ユーチューバーの存在がいい按配で矢崎を客観化し、全体に抜けのよさのある中で村上龍節を堪能できる。視覚音感を満足させる日本語の旨味。
 短編『ホテル・サブスクリプション』『ディスカバリー』『ユーチューブ』は、コロナ禍の東京のホテルのスケッチにもなっている。
 若くして天才作家として世に出た矢崎も、七十を迎え老境に入った自分を意識せざるを得なくなり、ものの見方見え方にも若い頃にはなかった遠近感が出てきている。「猫も杓子も年を取る」というのは田辺聖子『猫も杓子も』の一節だが、この本は矢崎がユーチューブで見た昔の映画の一場面で終わるせいか、ジョン・ヒューストンの映画「アスファルト・ジャングル」を思い出したりした。しかし老いという現実に触れても基調は向日性の健康さがあり、やみくもに沈み込んだりはしないのだ。ヤマブキ色の装丁がこの本をよく表していると思った。

 

 『ユーチューバー』が矢崎が知り合った男に自分が過去に体験した女性との関わりを語るという趣向だったので思い出したのが、メリメ『カルメン』。これもドン・ホセが知り合った男にカルメンのことを語る形になっていた。この『カルメン』で印象深いのは、カルメンがドン・ホセに最後通牒をつきつける場面の台詞。

-Tu aimes donc Lucas? lui demandai-je.
-Oui, je l'ai aimé, comme toi, un instant, moins que toi peut-être. À présent, je n'aime plus rien, et je me hais pour t'avoir aimé.

「じゃあ、ルーカスのことが好きなのか?」と私は彼女に尋ねました。
「そうよ、あんたのことと同じように、あの人のことがちょっとの間好きだったわ、もしかしたらあんたほどではなかったかもしれないけれど。でも、今は好きなものはもう何もないの。あんたを好きになってしまったのを後悔しているわ」

(引用元:NHKテキスト『まいにちフランス語』2021年8月号 p78-79)

 

 このカルメンの台詞、劇中ではドン・ホセとの恋愛関係をめぐっての話になっていますが、この台詞だけ取り出すと、わりと汎用性のある心情が濃縮されて表現されていると思いませんか? 性別問いません、恋愛に限りません。一時期あんなに心とらわれていたのに、今考えると何であんなことをしていたのか自分でもふしぎだ、ということは、誰にでもあったりするでしょう。
 それと、演歌は男に捨てられた女の哀しい心情を歌ったものが多いですが、カラオケで男性がそういう演歌を歌うときは組織に裏切られた自分の気持ちをかぶせて歌い上げてるんだと言われたことがあって、まあそういうこともあるのかもしれないというような説ではありますが、歌や物語はそういうことができるのもいいところではありますよね。 

 

 

 

AI研究の第一人者が危険性指摘/ヒントン氏、グーグルを退社

www.shikoku-np.co.jp

 【ワシントン共同】人工知能(AI)研究の第一人者でグーグル副社長を務めたジェフリー・ヒントン氏(75)は1日、自身のツイッターで同社を退社したことを明らかにした。「会社への影響を気にせず、AIの危険性について発言するためだ」と説明した。

 2日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、ヒントン氏のインタビュー記事を掲載。チャットGPTなど文章や画像を作り出す生成AIについて「悪意のある人たちに利用されるのを防ぐ手だてが想像できない」と述べ、偽情報の拡散が頻発することに懸念を示した。

 また「生成AIが奪う仕事は単純作業にとどまらないかもしれない」とし、雇用が大きな影響を受ける可能性を指摘。チャットGPTの開発企業オープンAIの研究者らは3月、影響が米国の労働者の80%に及び、高収入の仕事ほど影響は大きいと予測する論文を発表した。

 ヒントン氏は、社会に危険を及ぼしかねない技術の公開に慎重だったグーグルやマイクロソフトも、チャットGPTの公開に触発され歯止めのない競争に入ってしまったとの見方も示した。

メモとして。

 

木の上のパンダ

 

きょうも一日 😉

舞鶴 路上に指先 配達員のものと判明 “車のドアに挟んだ”

www3.nhk.or.jp

24日、舞鶴市の住宅街の路上で人の指先が見つかり、警察の調べで市内の配達員の男性が作業中にけがをした際に、現場に残されたものだったことがわかりました。
男性は「車のドアに挟んでけがをしていた」などと話しているということです。

24日午後4時ごろ、舞鶴市朝来西町の路上で、帰宅途中の小学生が人の指のようなものを見つけ、母親が警察に通報しました。
鑑定の結果、人の指1本の一部であることが確認され、警察が捜査するとともに情報提供を呼びかけていました。
その後、現場から数百メートル離れた場所で「血の痕がある」といった情報が寄せられ、警察が付近の防犯カメラを調べたところ、市内に住む60代の配達員の男性が確認されたということです。
男性は警察に対し、「配達作業中に車のスライドドアに指を挟んでけがをした」などと話しているということです。
警察は「指先は男性のものであり、事件性はないと判断した」としています。

メモとして。