月に囚われた男

DVDで鑑賞。
月にひとりだけ派遣された男が、月面でいるはずのないもうひとりの男を発見する。
近未来の地球では、エネルギー問題が深刻化したものの、月で採掘される物質によってエネルギーがまかなわれるようになった。月で採掘するルナ産業はクリーンなエネルギーを謳っている。
月の採掘現場では、ルナ産業から派遣された一人の社員が、身の回りの世話をしてくれるロボット・ガーティだけを話し相手に孤独な作業を続けていた。通信衛星が故障してからは、地球との通信が途絶えていたのだ。
彼の名はサム・ベル。もうすぐ3年の契約期間が終わり、地球へ帰還できるのを楽しみにしている。ところが、ある日採掘作業中に事故を起こしてしまった。医療室で目を覚ましたサムは、ガーティが地球と通信しているのに気づく。どうも様子がおかしい。不信感を抱いて再び作業現場に向かったサムは、そこで一人の男を発見する。だれもいないはずの月面で見つけたもう一人の男、それはやはり「サム・ベル」だった。……
レトロな雰囲気漂う月面世界のセットを舞台に、サム・ロックウェルがしっとりと演じて見せてくれる、クローンものの一品。人を人たらしめるのは何か、人間的であるということはどういうことか。クローンものでは定番のテーマだが、この作品では大仰にならず、日常性を無理なく感じさせる温度と肌合いで観る者の心に響いてくる。
サム・ベルを守るのが仕事だというロボットのガーティの造形もよい。工場で使われている業務用ロボットのような外観で実用性が感じられ、表情を伝えるのが顔文字を連想させるイラストなのがかえってリアル。日常使用する機械らしく適度に汚れており、横にコーヒーカップを載せる部分があるところが人から見て親しみを感じさせる。目を連想させるライトかレンズのような部分が、ときにウインクするように点滅。おまけに声はケヴィン・スペイシーだし。このロボット・ガーティの侠気が、孤独なクローン、サム・ベルへの唯一の援軍となる。
「会社はオレたちのことなんてどうでもいいんだよ」新しく目覚めたクローンが、先輩のサム・ベルにいう。この映画は、労働問題をSFとして扱っている。クリーンなエネルギーを謳うルナ産業だが、月の採掘現場ではたらくサム・ベルは、3年もすると血を吐き、体調を崩してしまう。苛酷な作業現場でクローンたちが使い捨てられていくのだ。しかし、真実を知らされ失望してからも、クローンのサム・ベルは人としての良心を捨てることはしない。股引姿が愛らしいサム・ベルは余計な気取りは見せず、淡々と男気を見せてくれる。
ラストで非人道的な実態が明らかになったルナ産業の株価が下落したというニュースが流れるが、これはSFというファンタジー世界で語られるこうあってほしい未来でしかないのだろうか。
SFファンでなくても楽しめる小品佳作。監督のダンカン・ジョーンズデヴィッド・ボウイの息子さんだそうで、そういえばお父さんのデヴィッド・ボウイは昔「地球に落ちて来た男」という映画に主演してましたね。