橋本治『九十八歳になった私』講談社文庫

 

2016年、68歳だった橋本治が、その30年後になる2046年の日本を舞台にしてつづったボケ風味近未来空想科学私小説
 東京大震災後となる劇中では、家を失った98歳の独居老人橋本治は日光の杉並木に建てられた仮設住宅に身を寄せており、付近にはプテラノドンが巣を作っている。人手不足で東京の復興は進まず、たくさんの小政党が乱立する国会はすぐ解散し、毎年選挙が行われている。そんな日本をテレビで眺めつつ、ぶつぶつつぶやいている橋本治98歳のところに、「戦後百一年」というテーマでなんか書いてくれと依頼が来る。……
 小説に描かれる近未来の日本は、未来を照らす光を背後から受けた現在の大きな影法師のようで、それを見ながら紡ぎ出されるのは相変わらずの橋本治節、でも、劇中の設定により、足腰が弱ってボランティアの世話になっているのでとりあえず外面はよくしておこうと心掛けているめんどいおじいさんの脳内ぼやきになっていますので、うまい棒みたいな軽い読みごたえ、これなら橋本節苦手な人もくすくす笑いながら楽しめるんじゃないでしょうかね。齢を重ねた分、嫌味はまろやかに熟成された印象もあるし。
 これが書かれた2016年は、まだコロナ禍来てないわけですが、なぜか劇中の橋本治98歳が急に「パンデミック」という単語を思い浮かべて、自分で「なんでこんな単語を?」とふしぎがる場面があり、持病のせいで外出時には常にマスクを着用しているなど、小説内でまだ見ぬコロナ禍を先取りしていたようにも見えて、サスガハシモト! と勝手に感心してみたり。だから、ほら、ほかにもなんか先取り要素が発見できるかも、そういう楽しみ方もできそうですね。もちろん、噛めば噛むほど味が出る考察も混じってますよ。
 
 橋本治、2019年没、享年70。