羊たちの沈黙

DVDで鑑賞。
FBIが連続殺人事件捜査のためにレクター博士に助言を求める。
若い女性を殺害し皮を剥ぐ犯行が続き、FBIは“バッファロー・ビル事件”と名付けて捜査していた。クロフォード主任捜査官は、バッファロー・ビルに関する手がかりを得るため州立精神病院に「食人鬼」として収監されている精神科医ハンニバル・レクターアンソニー・ホプキンス)に接触しようと考える。そして、かねてから有能さを見込んでいたFBI訓練生クラリスジョディ・フォスター)を起用するのだが。……
ジョディ・フォスターアンソニー・ホプキンスの名演が堪能できるサイコ・スリラー。この時期流行したサイコキラーものの集大成の観もある作品に仕上がっている。
じつはこの映画についてちょっと気になったので、お正月に観返してみたのですが、観返した感想としては、これはこれでいいんだ、ということに落ち着きました。
ハンニバル・レクターというのが、この映画最大のはったり。そのはったりの勢いで、バッファロー・ビル事件の捜査も含めて、レクター絡みの物語の流れは押し切られてしまう。ハンニバル・レクター怪人二十面相や時代劇に出てくる忍法の達人みたいな人物造形で、演じたアンソニー・ホプキンスが迫真性を十二分に与えている。だからもう、ミステリというよりは伝奇ロマンとして楽しめばいい。
クラリスの成長譚でもあるこの映画では、男社会の中で働く女性がしばしば遭遇する厄介な局面を、ジョディ・フォスター演じるクラリスを芯にして濃縮して見せてくれる。働く女性の視点から仕事の場で出会う男性たちの表情が映し出され、クラリスのしんどさが伝わってくる。レクターのいる州立精神病院で男性患者から精液を掛けられる場面と、客体化された状態からバッファロー・ビルへ反撃する場面は、この社会の一断面を戯画化したものだ。
クラリスの成長を見守り支えるクロフォードとレクターは、父親の持つ光と影を分化した像にも見える。
この「羊たちの沈黙」で、レクター=アンソニー・ホプキンスというのが、ドラキュラ=クリストファー・リーみたいに定着、トマス・ハリスはこの映画のヒットした後で、執筆前から映画化が決まった状態で『ハンニバル』を書くことになった。すべてはこの映画が大ヒットしたせいで、それはそれでおもしろがればいいわけだけれども、もともと『レッド・ドラゴン』ではレクター博士は脇役であった。原作小説『羊たちの沈黙』でも、映画ほどの華はなかったのです。
それで、『レッド・ドラゴン』は1986年に「刑事グラハム/凍りついた欲望」として映画化されておりまして、この「羊たちの沈黙」を見た後に「刑事グラハム」を観た人には、あれは失敗作だ、という方が多いのですね。理由は、レクター博士に迫力がない、と。
でも、私は「刑事グラハム」のブライアン・コックス版レクターも、有りだと思っています。アンソニー・ホプキンスとは別解釈のレクターです。知能は高いのだけれども根本で人間性が歪んだ狡猾な犯罪者、リアルな犯罪者としてのレクター博士。『レッド・ドラゴン』に出てくるレクターに近いのはむしろブライアン・コックスが演じた姿ではないでしょうか。
レッド・ドラゴン』は2003年に再映画化されました。すでにレクター=アンソニー・ホプキンスでしたから、2003年版でもアンソニー・ホプキンスがレクター演じています。しかし、本来あまり出る必要のないレクターが強調され過ぎて、過剰露出が邪魔な印象が残りました。
レクター=アンソニー・ホプキンスはもうくつがえらないでしょうけれども、『レッド・ドラゴン』の映画化にふさわしいレクター像は、ブライアン・コックス版だったのではないか。再評価されていいのに、私はそう思っています。