小林信彦『日本人は笑わない』新潮文庫

日本人は笑わない (新潮文庫)

日本人は笑わない (新潮文庫)

元の本は1994年に出版されている。1989-1994までに書かれたエッセイをまとめたもの。話題は、時事、芸能、小説、東京で暮らすということなどいろいろ。
本の題名にもなっている「日本人は笑わない」は、日本人の笑いの感覚の劣化を取り上げている。特に、1980年代以降、<タレントを消耗品と見る点において、もっとも徹底した局である> フジテレビが笑いの幼児化、空洞化に拍車をかけている、と。くわしくは本を読んでみてください。
時事については、毎日新聞で91-93年に連載されたコラムが「<バナナ・リパブリック>で起ること」と題して収録されているのですが、読んでみるとおどろくほど最近の世の中とシンクロした話題が並んでいるのですね。
湾岸戦争小沢一郎と宮沢首相、ハイビジョン、従軍慰安婦、タバコ、バブル・ライター、森田健作参院選出馬、政治改革、自衛隊の海外派遣。
あとがきにはこうあります。

時代のせいか、「平成つれづれ草」のパートの文章はエッセイというよりコラムであり、そういう短文が要求されたのです。とくに、「<バナナ・リパブリック>で起ること」はいつ打ち切られるかと思いながら書いていました。新聞社のどこかからの要求で <直し> を命じられたこともありました。
でも、ぼくはトラブルを好まなかった。ぼくを担当している記者のせいではないのですし、問題があるとすれば、<剛腕(?)> オザワ・イチロー氏を持ち上げていた新聞社、テレビ、全マスコミに責任があるのです。
(引用元:小林信彦『日本人は笑わない』新潮文庫

「本当に思っていることの十分の一も書いていない」とのことだが、さすがするどい、ぴりっとくる文章が読めてうれしいです。一部を紹介してみます。
「<バナナ・リパブリック>で起ること」の中から、「アナクロ」と題された章。
親子や親戚が国を支配している状態、発展途上国でしばしば見られ、他国のことながらヤリキレナサを感じていたら、湾岸戦争で日本もそういう <バナナ・リパブリック> だったことがわかった。三人の親戚(金丸、竹下、小沢)に日本の政治は左右されている、ヤリキレナイ状況になっていたのだ。そして、当時49歳の「アブナイ中年男」小沢一郎についてこう述べる。

アブナイ中年男は <不愉快な存在感> や <ファッショのにおい> ゆえに、漫画の中では必ず、悪役と描かれる。しかし、それ以上の批判がされないのは、どうしたわけだろうか?
新聞をみて異様に思えたのは、その人物が、<コメ問題で関税化協議に積極的対応示唆> した記事と <海外での武力行使は合憲> という解釈を打ち出した記事がならんでいたからで(もっとも後者は <小沢調査会の答申> とあった)、宮沢新首相がこれからなにかをやろうとしているのに、何者かわからない人物が横からいきなり自分の考えをぶち上げ、しかも、それが大きな記事になって内閣の方向を示すという <流れ> がブキミである。<愛嬌とカリスマ性のない田中角栄> とでもいうべき四十九歳の <若手政治家> 小沢の発言・行動を、マスコミは無視してしまったらどうだろうか? 無視できないのなら、こまかく批判したらどうか? ぼくなどには、この人物の <発言の異様な大きさ> だけがみえ、実態は <古めかしい対米追従外交男> ではないかと推測される。ブッシュ以後の日米相互主張外交時代には通用しない感覚ではないのか?
(引用元:小林信彦『日本人は笑わない』新潮文庫

小沢一郎は、私より少し年上になる世代(40−50代くらいですか)の一部の男(知的だと自認しているようなタイプ)に何故か受けがよい印象が強い。何故なのか、よくわからないようでじつはよくわかるところがあり、うんざりさせされるのだが、小林氏言うところの <発言の異様な大きさ> というのも、ある種の男を引き寄せる要素なのだろう。
現在の小沢は参院選のことで頭がいっぱいのようだが、参院選に勝ったとして、その後何をするつもりなのだろうか。小沢一郎はそこをあまりはっきりとさせない。有権者がいちばん知りたいのは、小沢が具体的に何をしようとしているのか、だと思うが。
小林信彦は戦前の東京下町のアメリカニズムを記憶し、中学一年で敗戦を経験した世代で、そのせいか、世の中が戦争へとなびいていく気配にはたいへん敏感、そして「日本人は過去を忘れ易い」と嘆く。
昭和初期の頃どころか、湾岸戦争の頃のことまでもう忘れてかかっているのかもしれない。この本を読み返して、あのころを思い出してみたい。

追記

keiさんからのコメントで、小林信彦『日本人は笑わない』新潮文庫は既に絶版になっており、05年に「東京散歩 昭和幻想」と改題されて光文社知恵の森文庫から出ていることがわかりました。

東京散歩 昭和幻想 (知恵の森文庫)

東京散歩 昭和幻想 (知恵の森文庫)