これは、↓ の復刊です。
復刊したり文庫化されたりするたびに本の題名を変更するのは小林信彦の"悪癖"ですよね(コアなファンには「そこがいいんじゃない!」と言う人もいるんだろうが、私はそこまで御大フェチではないので、買う側の混乱を増すだけの悪癖にしか見えない)。
私が持っているのは『一少年の観た<聖戦>』(ちくま文庫)の方。あとがきに、これは東京下町の一人の子どもの戦争の中での成長ドキュメント、とあり、巻末には自分史と世の中の動きを並列させた年表もついている。父親と共に東京のモダニズム文化に親しんだ子供時代から、集団疎開、敗戦、焼け跡からの出発、と、少年小林信彦の目を通した当時の日本が描かれている。
戦時中に観た映画の鑑賞記が読めるので、映画ファンにはお勧め。定評ある御大の鑑識眼によって当時の映画がどのようであったかが説明されており、また、当時の観客がどのような反応を示したか、映画が戦時下の大衆にどう影響したかも記されている。
そして、終戦後、大人になった小林信彦が学友らと集った席で、戦争中のことが話題になった際に、「あいつが戦争犯罪人にならないのはおかしいよね」と言われる人物についての解説がある。当時人気のあった雑誌『漫画』(漫画社) で巻頭言を書いていた近藤日出造。
『漫画』については「<大東亜戦争中の大衆文化>をこれほど明瞭に語ってくれる雑誌も珍しい」「近藤日出造という漫画家の言葉ほど大衆を扇動したものはないと思う」と小林は書く。
近藤日出造のレトリックとはどのようなものだったか?
- ジャーナリズム批判
- ごますり
- インテリ批判
- 扇動
(本では、例を挙げつつもっとていねいに分析されています、くわしくは本で読んでみてね)
この文章の背後に見えかくれするのは、昭和初年、無政府主義に傾倒した彼の過去であり、苦労を知らぬインテリへの嫌悪である。小学校しか出ていない彼は、そこらの転向インテリのように「動かう。たへ忍ばう」とは言わない。あくまでも<駄目な私>のレベルに話をもっていく。昼酒云々の部分など、実にクサいのだが、子供だったぼくは(うまいなあ)と思った。
(引用元:小林信彦『一少年の観た<聖戦>』ちくま文庫)
そして敗戦後、近藤は戦時中チャーチルやルーズベルトを描いたのと全く同じ筆致で東条英機を描いていて、さすがに小林信彦は「これはないんじゃないか……」と思ったそうだが。
そのような、戦時中の映画や雑誌文化の様子がよくわかる、そしてそのことから大衆文化というものの性質も見えてくる内容になっています。
夏になると、テレビで太平洋戦争について特集されますよね。戦争について本をよんで感想文を書けと言われる学生さんもいるんじゃないでしょうか。ぜひ、小林信彦のこの本も読んでみてください、映画や雑誌、いまならアニメが大きいかな、大衆文化とのつきあい方について参考になるのでは。
小林信彦『背中あわせのハート・ブレイク』(新潮文庫)は、青春小説、終戦直後の東京の高校生や若者の様子が描かれていて、当時を知るおもしろさも味わえる佳品なんですが、どうも小林信彦ファンの間でもあんまり人気がないらしい。中高生が読書感想文を書くのに選んでもよい作品です。