佐野眞一『別海から来た女』講談社

別海から来た女――木嶋佳苗 悪魔祓いの百日裁判

別海から来た女――木嶋佳苗 悪魔祓いの百日裁判

首都圏連続不審死事件で起訴された木嶋佳苗の裁判傍聴記と、事件の周辺を探るルポ。
佐野眞一はあとがきで「『東電OL殺人事件』以来、久々にアドレナリンが噴出する事件だった」と記している。両事件とも一人の女を中心に、その時代の一断面を浮かび上がらせるルポを書いた著者だが、彼を取材に駆り立てた主役の女性は対照的だ。
東電OLは、男社会の建前に準じながらそれに反発するかのような振る舞いを裏で続け、葛藤しながら身をやせ細らせて殺人事件の被害者となって発見された。
木嶋佳苗は、男社会の裏側に陣取り、男を愚弄して金を吸い上げながら太り肥えた挙句に、殺人事件の容疑者として逮捕された。
『東電OL殺人事件』とその続編では、事件の様相とともに、取材の過程で死んだ東電OLへの共感を隠そうとしない何人もの女性たちが現れ、佐野眞一は困惑しながらも、彼女たちが自分に語った思いを書きとめ、この社会に生きる女性たちからの声も伝えてくれた。
首都圏連続不審死事件を取材した『別海から来た女』では、佐野は木嶋佳苗の人物像を探るのと同時に、彼女にだまされた男たちの姿を描き出し、そこから今の世の一面を浮かび上がらせようとしている。
第一部の「別海から来た女」では、木嶋佳苗の故郷別海町へ飛び、彼女の生い立ちと背景を調べる。木嶋佳苗の祖父から話を聞き、町の人の記憶に残る木嶋佳苗の両親の姿を知り、インターフォン越しに会話した木嶋佳苗の母親の、やや意表をつく様子にとまどう。
第二部の「百日裁判」は、木嶋佳苗裁判の傍聴記だが、法廷での木嶋の描写は簡潔、三つの殺人事件を中心に裁判の経過を重点を絞ってまとめてくれており、この事件のあらましを知るには最適な読み物となっている。
間接証拠だけで殺人事件を立証する際の難点や、裁判員制度に合わせた検察や弁護側の説明の仕方、検察側に問題検事が混じっていること、判決文に裁判官の木嶋佳苗に対する嫌悪感が表れたような感情的文章が見られること、百日も審理にかけたのに判決文が起訴状や検察側の冒頭陳述とほとんど差がないことへの違和。
佐野眞一は、裁判員制度がこの事件に関しては活かされていないとの印象を持ち、東電OL殺人事件でも、ゴビンダさんが有罪とされたことへの疑問を追及し続けた著者ならではの裁判レポートとなっている。
木嶋と関わった男たちの証言から浮かんでくるのは、メールでは饒舌なのに、実際に会ってみると無口な女。小太りで化粧もうすく素朴な印象を与える女。料理がうまく、物腰やしゃべりかたが上品な女。そんな木嶋佳苗の姿だ。
テレビや雑誌の写真で見る、女性にしてはアブラっぽい男性的な質感の皮膚で覆われてこちらをひたと見据える「恰幅のいい」女、とはずいぶんちがうイメージで実際に会った男たちの記憶には残っているのですね。声がいいせいもあるのかもしれない。
そして、そんな風に木嶋を覚えている男たちは、どんな風に見えるのか。佐野眞一木嶋佳苗に手玉にとられた「男たちの群像劇」として、この事件を描いている。