国枝昌樹『シリア アサド政権の40年史』平凡社新書

シリア アサド政権の40年史 (平凡社新書)

シリア アサド政権の40年史 (平凡社新書)

題名通りの内容。巻末には年譜がついています。2006年から2010年までシリア大使であった著者による、現在のシリア紛争に至るまでの過程と背景解説。「本書は公開情報と著者個人の情報源から公開を前提にして得たもので書かれた。」(p250)
目次紹介:

  1. 吹き荒れた春の嵐
  2. 中東の活断層
  3. シリアをめぐる国際状況
  4. ハーフェズ・アサド大統領の三十年
  5. バシャール・アサド大統領の十年

著者のことばも一部紹介します。

私はシリアの一連の出来事を「アラブの春」というきれい事のように理解するのは適当だとは考えていない。
もとよりそこには長年にわたるシリア国内の人権抑圧に対して民衆が立ち上がった部分があり、それは重要な要素として考えなければならないが、イスラム主義保守過激派の台頭やムスリム同胞団の動きに乗じようとする動き、さらに坩堝をのぞくようなシリアの複雑な民族、宗教宗派関係に手を突っ込んで政権の弱体化、さらに崩壊を狙って自国の国益増進を図る国外からの動きもあり、シリアを巡る難しい国際関係が強く作用している。
(引用元:国枝昌樹『シリア アサド政権の40年史』平凡社新書 「はじめに」p11)

過去60年余り、中東世界では中東紛争の公正で永続的包括的な解決を実現することが最重要課題であるという共通認識が存在し、中東世界の政治外交的重心がイスラエルとその周辺地域に位置していた。その一方で、第四次中東戦争後にアラブの産油国が演出した二度の石油危機を経て原油価格が高騰し始めて以来、湾岸諸国の富が飛躍的に拡大してアラブ世界の経済的重心は確実にGCCの湾岸諸国に移動し、20世紀から21世紀になると湾岸諸国は政治外交分野でも自国の可能性を強く意識するようになった。その地域での最も深刻な脅威はイランである。中東世界における重心の移動という大きなうねりが生んだ出来事が、シリアの民衆蜂起以来の事態であるというべきであろう。
(引用元:国枝昌樹『シリア アサド政権の40年史』平凡社新書 「おわりに」p248)

石油危機といわれると、日本ではオイルショックを境に原発を推進せねばとなっていったんだったなあ、と思い出しますが……それはさておき、本書では紛争が止むことがないように見える中東情勢について知ることができます。戦争が続く過程で、経済制裁、というのがよくでてきますが、かつて日本も経済制裁されまくった果てにぶちきれて戦争に突っ込んでいったよなあというのがあって、そのせいか「経済制裁」という単語が目に入るだけで重苦しい気分になりました。
アラブの春以降、シリア政権への批判を強めたアルジャジーラが、もはや報道を逸脱した放送を繰り返すようになり、長年に渡ってシリア政権に批判的な報道をしてきたジャーナリストが「アルジャジーラは扇動と動員の指揮所になった」と辞職するまでになっているのを、この本を読んで知りました。
くわしくは本書をお読みください。
戦争にリアルタイムでテレビが組み込まれるのは、湾岸戦争でのCNNが嚆矢だったですよね。報道人が自分の欲求で報道するというだけではなく、戦争を遂行している政府も戦争の様子がテレビで伝えられることの効果を見込んだ上で同行させる、という、関係。ケーブルテレビや衛星放送で24時間視聴できるテレビ局ができ、現在はさらにインターネットの普及で一般人も簡単に発信できるようになってます。そして、動画や画像の加工もしやすくなりました。情報戦も以前よりわけわからなくなってますよね。あいつは仲間はずれにされてるから何言ってもいいんだ、みたいな、一般人の日常のどうしようもなさに報道の世界が近づいているような、よくない面も目立ちます。
アサド政権でこれですから、ISISになると、もう好きなように言われ放題ですね。「ISIS、○○か?」という東スポ見出しがフツーの新聞にも平気で出てます。記事中では「確認できたわけではないが」と一応ことわってるんですけれども、もうISIS絡みなら「ほんとうにあった怖い話」としてみんなで消費してOKですよねぇ〜という、そういうことになってしまってるようですね。一時はタリバンがISISと同じような扱いされてました。
それと、アメリカをはじめとするいわゆる先進国の唱える“自由”“人権”“民主主義”というのが、見方によってはイスラム原理主義よりも狂信的なお題目に見えることがあります。場合によっては大国の口実に使われているのが明らかなせいでしょう。そんなことは百も承知の上でやっていくのが大人なんだとはわかってますが、ISISが噴き上がるのもなんとなくわからなくもなくなってきて困ってしまいますね。
思いつくまま感想を書いてると、まとまりなくなってきました。
最近ニュース見ててにわかにシリア情勢に興味が湧いた人は、本書を読んでみてください。おもしろいです。