ユルゲン・トーデンヘーファー『「イスラム国」の内部へ 悪夢の10日間』白水社(訳:津村正樹、アンドレアス・カスヤン)

「イスラム国」の内部へ:悪夢の10日間

「イスラム国」の内部へ:悪夢の10日間

目次

  1. イスラム国」の誕生
  2. 西側諸国の思惑
  3. 真実を求めて
  4. イスラム国」前線への道
  5. テロとのチャット
  6. ジハーディストの母親
  7. 旅の具体化
  8. イスラム国」への旅――ある悪夢のスケッチ
  9. イスラム国」のカリフと外国人戦闘員への公開書簡
  10. ジハーディ・ジョンに関するあとがき

訳者あとがき

読書メモ

著者はドイツのジャーナリスト。元裁判官で国会議員をしたこともある。
裁判官としての経験から、加害者と被害者双方の言い分に耳を傾け吟味しないと事の真相は見えてこないと痛感しており、ジャーナリストとしては、西側メディアで悪のレッテルを貼られたアルカイーダやタリバン、シリアのアサド大統領などにもとにかくまず会って直接話を聞くということをしてきている。そのため、彼らと会見し言い分を伝えたというだけで彼らに加担していると見なされてフェイスブックに悪意に満ちたコメント(日本で言う荒らし)を書かれたり、いろいろ悩まされることも多いという。しかし、ジャーナリストとしての信念から、ISについてもまずイスラム国内にいるメンバーに直接会って話を聞く、ということで、インターネットを通じてIS側に接触を試み、ドイツ出身のメンバーの一人とスカイプ等を通じて対話を始め、彼からジャーナリストとして信を得、イスラム国の取材を許可される。著者の本のアラビア語訳が出版され、読まれたことも信頼を得た要因のひとつ。
イスラム国側も、西側メディアでは偏見に満ちた歪んだイスラム国のイメージが流されていることに不満があり、ぜひ実態を伝えて欲しいという期待があったそうだ。
著者、カメラマン、記録係、3名に対しての生命保証となるカリフ国事務局からの証書が著者のもとに届く。
2014.12.02-2014.12.15、イスラム国を巡る旅。ルポルタージュなのでこれはぜひ本書を読んでもらいたい。
以下は私的メモ。
IS側のガイド付きで、全体主義国家を取材する時のような不自由さがあり、見せてもらえない面があることを念頭に置いたうえで、著者は自分が見聞した事を報告している。
イスラム国の首都とされるラッカでは、キリスト教徒はジズヤを払えば普通に暮らせている。女子校もあり、ラッカからアサド政権支配地域にある大学に通っている女子大生もいるとのこと。取材の時点ではアサド政権もラッカに給与や年金を送っており、ISメンバーも仮に今ラッカで選挙があればアサドが勝利するだろうと語る。
ラッカより100万都市モースルの方が、ISにとっては重要だという。ラッカと同様、モースルも市街では普通に市民たちが暮らしており、以前にくらべて治安が保たれ、賄賂による不正がなくなったと言う人もいた。しかし時折米軍の無人機が飛んでくる。取材中の著者も無人機が飛来する度に身の危険を感じて避難する様が描かれる。モースルからはキリスト教徒はすべて脱出しているとのこと。
「ISについて説明することはできても、容認することはできない」と言う著者は、イスラム国内で出会ったIS戦士たちとも果敢に論戦を交える。レトリックにコーランを持ち出すジハーディストたちの言い分は、しばしば反時代的な宗教色が誇張されて伝えられ奇異な印象を与えがちだが、言っていることの骨子は時事や社会問題に関心のある人がブログやツイッターで書くようなことと大差ない気もした。共感する若者が出てくるのもふしぎはないな、という感想。
この本ではドイツなどからイスラム国に参加した人がまず興味の対象になっている。イスラム国周辺のアラブ諸国からは、給料がもらえるからIS戦士になった貧困層の若者や、サウジアラビアなど自国の支配階層の腐敗に憤り世直し目的で聖戦に参加した者も多い。そのへんはロレッタ・ナポリオーニ『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』文藝春秋*1のほうがくわしい。
著者はまずドイツでのイスラム教徒への偏見を減じ、ドイツのムスリムが世の中への不満からイスラム国に感化されるのを防ぎたいという思いが強いのだろう。第9章「イスラム国」カリフと外国人戦闘員への公開書簡は、ドイツやフランスに住む若いムスリムたちへの呼びかけでもあると感じた。