デルフィーヌ・ミヌーイ『シリアの秘密図書館』藤田真利子・翻訳、東京創元社

シリアの秘密図書館 (瓦礫から取り出した本で図書館を作った人々)

シリアの秘密図書館 (瓦礫から取り出した本で図書館を作った人々)

副題に「瓦礫から取り出した本で図書館を作った人々」とある。2011年、シリアにおけるアラブの春が内戦状態に転じていく過程で反政府運動の拠点のひとつと見なされ、封鎖され爆撃にさらされることになったダラヤで籠城を続けた人たちが、瓦礫の中から拾い集めた本で図書館を作り、本を読むことで生きる希望をつないだ様子が描かれた本。
著者はイスタンブール在住のフランス人ジャーナリストで、2015年にフェイスブック「シリアの人たち」の中に“ダラヤにある秘密の図書館”という写真を見つけて興味を持ち、インターネットを介してその秘密の図書館と連絡を取る。接続の安定しないインターネットでスカイプやワッツアップによって、ダラヤにいる若者と話をすることができ、そこからこの本が書かれることになった。
様々な情報が錯綜し実情がつかみにくいシリアだが、この本からはダラヤでデモに参加した大学生が2016年まで封鎖された街にとどまり続けて体験したことが伝わってくる。著者が最初に話をしたアフマドは、工学を学んでいた学生で、それまでは読書には関心が薄い若者だった。それが、封鎖された戦時下で読書に目覚める。読書することそのものが生きることになる日々を送るようになる。そして、人が本を読むとはどういうことか、言葉はどういう力を人に与えるのかを自分のダラヤでの体験談として語ってくれるのだ。
極限状況で抽出されたあまりにも端的な読書効果の発露の記録とでもいうのだろうか。
平和ボケの日本では見失いがちな(それどころかわたしたちはべつの問題と戦ってあふれかえる言葉の壊死から身を守らなければならない危機にさらされているのかもしれないのだが)、人が本を読む、そのことの持つ意味、光、をあらためて教えられた。
それと、ダラヤという町の特殊な状況というのもわかった。アラブの春が来る以前から市民運動がずっと続いておりその蓄積があり、早々に封鎖されてしまったため外部からの勢力の流入がなく、反体制派と見なされた人たちも皆ダラヤの住人だった。そのため、自由な市民社会を、という目標が、わたしたちにもなじみやすいことばで語られている。
シリア情勢に興味のある方はぜひ読んでみてください。

付記

しかし同時に、言葉の力の持つ負の面に対しても思いを巡らさざるを得ない、そんな気もしたのだが、それは私個人の感想から出てきた私個人だけにさざめいた余波、あまり他の人には関係ないことかもしれない。
この本で読まれるべきは、なによりもまず、シリヤの若者が瓦礫の中から未来を作ろうとしている、その姿であろう。