『世界』2021年12月号 辛淑玉「「ニュース女子」事件とは何だったのか」

 

ニュース女子」とは「女性のためのニュース&時事問題トーク番組」としてDHCの100%子会社DHCテレビジョンが制作、TOKYO MXTVほかいくつかの地方局で放送されていた。
 「ニュース女子」2017年1月2日の回は、この記事によれば「ネット上にころがるデマを切り貼りしてつなぎ合わせ、反基地運動を笑いながら叩くという、悪意ひなんそのものの番組」で、その中で名指しで誹謗中傷された辛淑玉は一時的にドイツに避難しなければならなくなるほどの損害を被った。
  この「ニュース女子」に対して辛淑玉は、まずBPOに申し立てを行い、TOKYO MXTVからの謝罪を経て、2018年にDHCテレビジョンと司会の長谷川幸洋を提訴、2021年9月1日に東京裁判所で判決が下る。
 くわしくは『世界』12月号をお読みください。
 
 『世界』12月号では、この「ニュース女子」事件の記事をはじめとして、SNSがマスメディアにとっての情報環境となってしまったことから生じる弊害がいくつか報告されていました。
 花岡達朗「関西生コン弾圧と産業労働組合、そしてジャーナリスト・ユニオン(下)」では、この戦後最大規模の労働事件がまともに報道されない大きな要因として、SNSインフルエンサーがまき散らすヘイト的報道をマスコミ側が“社会的現実”と受け取り、触れることを避ける傾向が強まって、ネット上で流れるウワサを取材によって検証し事実を明らかにして伝えるジャーナリズム本来の機能が衰弱しつつあることを指摘。この現状を打破するためにも、日本でもジャーナリスト・ユニオンが必要だと説いています。
 また12月号の特集1「学知と政治」では、日本学術会議任命拒否問題が取り上げられていますが、ここでもSNSで流されたデマが世論に影響を与えたことが述べられていました。
 「メディア批評」第168回では、新聞記者の行動について早々に非を認めて謝罪した北海道新聞共同通信の対応を疑問視していましたが、これも何かあったらSNSにバーッと非難が溢れ返るように見えてしまっているのが関係してそうなんですよね。ツイッターでつぶやく人は記事の見出ししか見てなかったりするし、また、ツイッターは友だち同士でのやり取りにしか使ってなくてそういう炎上とは無縁のユーザーも大勢いたりしてるんですけどね。
 
 SNSの普及による情報環境の変化は、令和オリパラ前夜のネット炎上とも関係してます。マスコミ側が適切に距離を取って、ジャーナリズムというマスコミが持つ本来の力を活かせるかどうかが鍵ですね。
 
 
 現在のネット空間を考えるには、80年代のマスコミバブルを見直すことが必要ではないかとも思いました。五十代以上の人であれば、70年代までと80年代以降では、大きく世の中の風潮が変わったことを覚えているでしょう。80年代のテレビや写真週刊誌、そして90年代のサブカル、いまのネット文化の源流にあるのはそういうものどもではないでしょうか。そして、SNSに特有の口コミ感が加わって、情報環境が大きく変質してしまいました。
 根底にあるのは人がウワサをどう受け止め、それからどう行動するのか、ということで、これはもうメディア環境がどうのこうのを超えた分析が必要になりますし、そしてそういうのって分析したところでどうにもならなさそうなことにはなってくるんですが………
 
 
 辛淑玉の記事を読んで思い出したのは、小林信彦『怪物がめざめる夜』です。いまとなっては牧歌的な物語になってしまうのかな。でも、SNSインフルエンサーは、ずっとマスコミ人が内包してきた欲望をそのまま共有してるんじゃないか。マスコミのキッチュ化みたいな存在なんじゃないかな。