ノイエ・フォトグラフィー 1920-30年代のドイツ写真

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館へ行く。「ノイエ・フォトグラフィー 1920-30年代のドイツ写真」を展示中。
白黒写真に捉えられた当時のドイツの断片。人々、植物、器具、建物、時代の光景など、いずれも黒鉛筆で丹念に描かれた絵のような質感で迫ってくる。
もっとも印象深かったのはカール・ブロスフェルトの撮った植物の写真。まるで彫像のような見え方、しかしじっと見れば見るほど人の技ではない、神の冷酷と冷徹さを感じ入る自然の形。
後でパンフレットを読んでみると、美術学校での彫塑の授業の教材として用いられた写真だそうで、彫刻作品を連想させるのはそのせいか。そういえば、昔の工芸に植物を連想させるような形のものが目立った時代があったようだが、ランプとかね、このころだったのだろうか。どうなんだろう。
ニワトコの写真が、まるでいやーんとはずかしがって顔を隠しながら指の隙間からこちらを見ているようで、特に気に入った私にとっては、美術史は遠いところにあるわけだが、時空を超えたところで私は感動したのだった。
水着姿の活動的な女性の写真もいくつかあり、おそらく当時の「新しい女性」像だったのだろうなと想像したが、写真をもとに切り貼りして作られた絵からは、30年くらい前のロッキング・オンでよく見られたデザインを思い出した。
全体に工業化や大衆の力が新しい社会をつくりはじめていることへのよろこびが感じられる写真が多い。カメラというもの自体が、新しく獲得された表現媒体として若い期待を吸い込む機械だったのだろう。
会場の最後に展示されていたのは、アルフレッド・アイゼンスタットの撮った、ヒトラームッソリーニが握手している写真だった。脂ぎったオヤジ然としたムッソリーニにくらべると、ヒトラーからは青年的な線の細さが感じられる。実年齢はヒトラーもオッサンだったはずなのだが、まだ中に青年がいるようだ。
美術をはじめとして、ワイマール時代の文化は今見てもすてきなものが多く、戦後も各国の文化に影響を与えている。しかしワイマール文化も、ナチスの台頭と共に冷え込んでしまった、ということなのだろうか。ドイツから外国へと流れ出た文化人たちは、移住先で活動し結果世界を豊かにしたのかもしれない。
でも、サブカルチャーということになると、どんな芸術家からよりも、ヒトラー率いるナチスからの恩恵を多大に受けている。そのへんもおもしろい。ナチスそのものがサブカルチャーだったのかもしれない。