最近はてな界隈でよしもとばななの『人生の旅をゆく』(幻冬舎文庫)が話題になった。それで文庫本を買って読んでみた。ネット上で取り上げられた一節を読んでの私の感想は、はてなブックマークにコメントした通り「店長に同情する」であって、これは本を読んでも変わらない。せめてワインの栓を抜く前に店長に相談するべきだったとしか思わない。ただし、本全体の印象は、とくに変わっているとかそういうものはまるでなくて、おばさんにうまくなりきれないおばさんのあるタイプの女性の心情が素直に書かれているなという印象。
私にとってはよしもとばななの本をちゃんと全部読んだのはこれが初めてで、むしろそのことのほうが自分としては大きかった。80年代、まだ吉本ばななと名が表記されていた頃、小説がすごく話題になっていて、しかも女性に人気だということで、だったら読んでみようと一冊手に入れて読み始めたけれど、どうにも読めなかった。途中で投げ捨て、本は売ったか処分したかもう手元になく、題名も覚えていない。紙面に印刷された文章を目で追っていこうとしてもどうにも頭が文章を受け付けず、目でたどろうとする文字の羅列自体がなにか半透明の皮膜の向こうに後退していくような感じ、あれは後にも先にも経験したことのない気持ちの悪さだった。
単に合う、合わない、というそれだけのことだろうが、よしもとばななとは相性が悪いと思い、その後まったく読もうとしなかった。
それが、エッセイ集『人生の旅をゆく』は、読めてしまったので、最近の小説なら読めるのではないかと思い、図書館へ行ってよしもとばななの小説を借りてみようとした。
でも、小説は、やっぱりだめだ。本を開いて試しに読んでみると、昔読んだ時と同様、字面を目で追うだけで気持ち悪くなってくるような感じしかしない。日本語の文字が並んでいるだけなのに、なぜ文章によってこうまで見た目の印象がそれぞれ異なるのか、そんなことを考えてしまうが、もちろんちゃんと考えられるほどの知識も教養も私の頭の中にはなく、ただこれは読むのが苦痛なので別の本を借りようということになった。
そして。
特に何を読みたいという考えもないまま、ぼんやり棚に並んでいる小説本の背表紙を眺めていたそのとき。一冊の本の背表紙がくっきりと目に飛び込んできた。
笙野頼子『片付けない作家と西の天狗』(河出書房新社)。
本を開くと紙面に並んだ文字が、くっきりと鮮やかに目に入り、とくに文字を追おうとこちらが努力するまでもなく、目をやっただけで文字は文章となり、黙読しているだけで頭の中で朗読が聞こえてくるような読みやすさ、文章が力強く読んでいる私を本の中に運んでいってくれるような心地好さ、ああ日本語が読める、それ自体が即快感、日本語の小説が読める、そのことそのものがよろこび。
とりわけ『素数長歌と空』の中の一節、「こでのばずはヒコーキのるばずでずがばずでずが」で私のハートは鷲掴みにされ、笙野頼子! ああもっと読みたい! ということで、笙野頼子を読むのがいま楽しくて仕方がない。
『説教師カニバットと百人の危ない美女』(河出書房新社)もおもしろかった。文章を読むことがここまで想像力を刺激し、自分では想像もできなかった情景を脳裏に浮かび上がらせ、様々な感情を呼び起こし、また自分でも薄々感じていたことがもやもやした霧が晴れるようにはっきり見えてくる覚醒感。言葉の乱反射に照らし出される、これまで語られなかった世界の片鱗。それに、カニバット、西の天狗、どちらも装丁がすてき。表紙の色合い、背表紙の文字が好き。
小説読むのっておもしろい。楽しい。久しぶりに作品全部読んでみたい作家に出会った。
というわけで、しばらく笙野頼子がマイブームになりそうだけど、私にとっては笙野頼子と出会うきっかけをつくってくれたのは、よしもとばななということになる。よしもとばななの文章が私にとって読みづらいものでなければ、そのままよしもとばななの本を借りて、笙野頼子が本棚に並んでいるのに気がつかなかったかもしれないから。
ありがとう、ばなな。君はやっぱり天使だった。自分が苦手だからというだけで、君の悪口を言ったりはしない、気をつけてないとすぐそうしそうな私は今自分にそう言い聞かせている。
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