パブリック・エネミーズ

1930年代、銀行強盗を繰り返したギャング、ジョン・デリンジャーが指名手配となり射殺されるまでを描く。
感想としては、ジョニー・デップの顔しか見所のないヤクザ映画だった。
映画全体にメリハリが欠けており、銀行強盗、脱獄など派手な場面が続くわりに見ていてダレる。さすがにアメリカのメジャー路線で金がかかっているのは見ていてわかるのだけれど、作品に活かされていない。
特に脱獄シーン、もうちょっと過程をていねいに見せてくれないと、アメリカの刑務所ってあんなにずぼらなの? と思ってしまう。あのころはルーズだったんですよ、と言われれば、そうですかと言うしかないけれど。たしかに、時代を考えると今の感覚で判断してはいけないのかもしれませんから。
デリンジャーの脱獄で有名なのは、石鹸木片を削り黒く塗ってピストルに見せかけて脱獄した一件だが、この映画でもその場面が出てくる。しかし、こういう余計な知識のない人があれだけ見せられても、何で突然ピストルみたいなものが出てくるのかよくわからないのではないだろうか。
銀行強盗の場面も何度か出てくるが、ドンパチだけは派手なものの、どれも同じようで単調、それよりカメラが動き回りすぎてるなという印象しか残らない。
ジョン・デリンジャーも美化され過ぎている。演じるジョニー・デップがうつくしいからそう見えるというのを割り引いても、台詞などでもっと人物造形をきちんとやれるだろう。それはデリンジャーだけでなく、登場人物全てにおいて言える。
デリンジャーをかっこよくし過ぎたために、その割を食うようにベビー・フェイス・ネルソンがヤクザの中でも特にイヤな奴にされているが、このネルソン、役者もうまいしキャラもイヤラシくていいじゃないか。もっとネルソンを活かしてデリンジャーと絡ませればよかったのに。
というわけで、デップファンにはお薦めできても、ヤクザ映画ファンにはお薦めできません。
ジョン・デリンジャーは悪名高いギャングで、日本の犯罪実話本でもよく取り上げられている。実録映画はこれまでにも作られている。私は二つ観ている。
テレビで何回か観ているのがウォーレン・オーツが主演した『デリンジャー』。これはデリンジャー役のウォーレン・オーツの風貌が、写真で見ることのできる実在したジョン・デリンジャーに非常に似ており(オーツ自身、それを意識していたという)、また、デリンジャーと強盗仲間たちには田舎のゴロツキの哀歓が感じられ、これはこれで一種の美化ともいえるのだろうけれど、ヤクザたちは皆不様に死んでいき、FBIのバーヴィスがおっかないお父さんのような役回りになっていた。この映画は、おもしろかった。作品として、すばらしい。
もうひとつは、ビデオで観たマーク・ハーモン主演の『デリンジャー』。デリンジャーの恋人役でシェリリン・フェンが出ていた。マーク・ハーモンは、ウォーレン・オーツデリンジャーに比べるとすっきりし過ぎているような気がしたが、ヤクザ映画としてよくまとまっていた。最後に撃たれながらデリンジャーが逃げ回る場面があったんじゃなかったっけかな。音楽つきで盛り上がっていたように記憶する。それと、FBIの側がよく描けていた。
また、これは余計だけど、伝記映画をつくるなら、ギャングよりFBIのフーヴァー長官とメルヴィン・パーヴィスを主役にしたほうがおもしろいものが出来るのではないだろうか。特にフーヴァー長官。オリバー・ストーンあたり、やらないかね。

付記

マーダー・ケースブック48『伝説の無法者 ジョン・ディリンジャー』を見直してみた。すると、上で挙げた「木片を削り黒く塗ってピストルに見せかけて脱獄した一件」については次のように記述されていた。

車の中でディリンジャーは、サーガーに自分が使った銃を見せて、木を銃の形に削って靴墨で色をつけただけなのさと自慢した。このニセの銃の話はのちにディリンジャー伝説の中でも最も有名な話になったが、実はピケイ弁護士と彼が賄賂をつかませた判事を守るためのでっち上げだった。
(引用元:マーダー・ケースブック48 『伝説の無法者 ジョン・ディリンジャー』)

というわけで、実際に使っていたのはピケイ弁護士が判事に賄賂をつかませて拘置所内に持ち込ませた本物の銃だった、司法省は後にそう主張しているということで、マーダー・ケースブックではおそらくその司法省の主張は正しい、としている。
ディリンジャーは、ポイント拘置所脱獄に使ったという木製の模造銃を、警察を嘲笑する手紙と共に姉の元に送っており、マーダー・ケースブックにはその写真も載っていた。
それより、上ではいかにも「私、デリンジャーのことはちょっとくわしいのよ♪」みたいな調子でえらそうに書いていたくせに、確かめてみると、木片を石鹸と思い違いしていたというのは何なのだろう。あらためて、自分のうろんな脳に思いを馳せる私だった。
映画『パブリック・エネミーズ』では、弁護士が面会に来る場面はあったので、そこで銃を渡していたのだろうか。

追記 2009-12-23

なんで上のほうで木片と石鹸と覚え違いしていたのかが、マーダー・ケースブック48 『伝説の無法者 ジョン・ディリンジャー』を読み返してわかった。
このマーダー・ケースブックの最後に、ディリンジャー射殺後の後日談が付け足しのような形で載っているのだが、そこで、ディリンジャーの仲間だったピアポイントとマクリーのその後が出ている。その部分を引用する。

その翌日、オハイオ州の死刑囚監房でピアポイントとマクリーが銃の形に削った石鹸で看守を脅して脱獄を企てた。看守が発砲し、マクリーは死亡、ピアポイントは傷が癒えた数週間後、電気椅子に送られた。
(引用元:マーダー・ケースブック48 『伝説の無法者 ジョン・ディリンジャー』)

うむ。それなりに事情あってのボケだったのだ。安心していいのかどうか。
とにかく、ディリンジャーは木片、と覚え直しておこう。映画でも、脱獄する際、人質に捕られた看守だか警官だかが「にせものだったのか」と叫ぶシーンがあったように記憶するが。