隠された日記 〜母たち、娘たち〜

DVDで鑑賞。
失踪した祖母の日記をきっかけに、祖母、母、娘の悩みや愛憎が浮かび上がる。
カナダで働くオドレイ(マリナ・ハンズ)はフランスの実家に帰省する。結婚する気のない相手の子供を妊娠し、仕事を続けたいオドレイは悩んでいた。オドレイを迎えた父は気さくで優しいが、女医である母・マルティーヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)とは会話を交わしてもぎくしゃくした雰囲気になってしまう。
オドレイは、亡くなった祖父の家を使わせてもらうことにする。古びた台所を掃除していたとき、棚の奥から一冊の手帖が出てきた。マルティーヌが子供のころ家を出て行ったという祖母・ルイ(マリ=ジョゼ・クローズ)のものだった。レシピと共に、日々の思いも綴られていた。
オドレイはそれを読むうちに、祖母の抱えていた葛藤、祖母に対する母親の屈折した思い、それが現在の自分と母親との関係に影を落としていることを意識するようになる。そして、祖母や母親の葛藤は、いまの自分にも共感できるものであることも。
冒頭、ピアノの端整な響きと共に映し出されるフランスの片田舎の風景。美しいが、映像の印象はハリウッド映画よりは日本映画に近い。海辺の小さな町の眺めが自分の住んでいる田舎町を思い出させるせいもあるのかな。電柱がたち電線が延びているが見えるのも、ヨーロッパの風景としてはめずらしい気がする。役者のたたずまいも、日本映画的に見えた。
海の見える田舎の道に沿って並ぶひなびた建物、しかし、白いペンキで塗られた壁と、緑や赤味のある色で塗り分けられているドアの配色が、やっぱりフランスですなあ。あなどれない。あの色の感覚は、すばらしい。フランスです。
オドレイとマルティーヌを中心に人間模様が描かれる。母と娘がお互いに向かい合えるようになるまでの補助線として祖母・ルイの物語が呼び起こされる。ルイからマルティーヌ、そしてオドレイと、女性としての悩みや不安は常につきまとうものの、次の世代になると生き方の幅が広がってきているのも見えてきて、未来を悲観することはないという気分に見終わった後はなれた。
場面の合い間に挿入される海と空の景色がうつくしい。
隠された日記から事実が見えてくるという、ミステリの味わいもあるが、登場人物たちの日常はとくに変化しない。ときには感情的になっても、理性と分別があり、日々の仕事や人付き合いをおろそかにしない市井のまじめな人たちの話である。見方によってはそのせいでこわいおはなしにもなっているかな。真実をそのまま受け入れて生きるのは怖いことですよね。でもフランス人なら、セ・ラ・ヴィ、とでも言うのかしら。
カトリーヌ・ドヌーヴがすごい。年齢相応の役を貫禄十分に演じているのだが、ここ一番というときスター顔が映える。メリル・ストリープのような演技派ではないのだが、ひょっとしたら映画女優としてはドヌーヴのほうが上等なのではないかとすら思った。ごく自然に役柄の陰影が伝わってくる。映画に映える容姿というのは天稟としかいいようがない。
マルティーヌの弟を演じた役者はドストエフスキー原作の『悪霊』に出ていたのを覚えている。オドレイの女友だちを演じた女優も見たことがあるな。でも、名前は出てこない。自分では映画好きだと思ってるけど、結局観てるのはハリウッド映画に偏っているんだろうな。それと、十代二十代の頃は出演者やスタッフの名前を雑誌を読んで覚えたものだけど、そういうことをしなくなったし。
フランス映画は心理描写がうまい。ジョルジュ・シムノンの小説が、英国産のミステリーとは異なった味わいがあるのも、フランス流の心理描写のせいだろう。妙な奴がサイコさんにされることもなく描かれ、普通の人が成り行きで妙なことをするのもごく自然な現実味をもって描き出されてしまう。この映画では、ルイの夫を演じた役者がうまい。平凡な男から滲み出る不穏な気配が自然に伝わってきた。