村上龍「オールド・テロリスト」第十回 文藝春秋2012年3月号

テロ実行犯が通っていたという心療内科で、ジャーナリストの関口はアキヅキという医師から情報を引き出そうとがんばるのだが、アキヅキのほうが上手で手玉に取られ、最後にはまるで自分がカウンセリングされてでもいるかのようなかっこうとなり、完敗したと消沈する。しかし、クリニックを出てからアキヅキの語ったことを思い出して整理しているうちに、またテロ予告をされたことに気づくのだった。……
アキヅキの語りを聞いている関口は、なぜこの話し方が自分に魅力的に響くのかを冷静に分析してもいるのだが、頭ではなぜなのかわかっていても、同時に語りに感情を動かされ、涙を流しもしてしまう。そういう自分の内面の動揺も省みて、カルトの教祖が信者を洗脳する過程についても想像をめぐらす。関口の内省を描くことで、村上龍はオウムのようなカルトについても書こうとしているのかもしれない。
私は以前日記で、オウムのことをいまでも考え続けている作家は村上春樹くらいしかいないんじゃないかと書いてしまったんだけれども、そういえば桐野夏生『グロテスク』では、高校では優等生だった女性が社会人になってからオウムのようなカルトに入団し、その団体が事件を起こした後脱退して、脱退後高校時代の友人に心境を説明する場面があった。カルトの信者になってしまう人の気持ちをその人物を通して描いていた。
自分が読んでいる小説の数は考えてみるとほんとうにわずかで、村上春樹の印象が際立って強いのは、『1984』でもカルトを取り上げ、本が出た後のインタビューでオウムのことを語っていたせいなのだろう。
村上龍の「オールド・テロリスト」は、関口のくたびれかたがなかなかよく、読んでいて応援したくなってくる。また惨劇に遭遇するらしいが、負けるなよ。