映画『靖国』と二人の議員

刈谷さんは毎日新聞の取材に「映画は刀作りのドキュメンタリーと聞いていた。李纓監督はもう信用できない。出演場面をカットしてほしい」と話した。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080411k0000m040111000c.html

こういう行き違いはドキュメンタリー作品にはよくあることなのだろうと想像されますね。単なる映像記録というのではなくて、ドキュメンタリー作品いうことになると、作り手が現実から切り取った映像を使って自分の考えなり感覚なりを表現するということになるわけだから、被写体になった側からしてみれば出来上がった作品みてみると「何でこうなるの?」になるというのは、あるでしょう。
これは作り手と撮影される側の問題で、場合によっては争うことになるのかもしれませんが、ドキュメンタリー作品にはついてまわる難儀なのでしょう。
ただでさえ難儀はつきまとっているのに、今回の件では、監督と刀匠の間に、国会議員が入り込んだことによって必要以上にやぎろしくなってしまった。
内閣委員会で映画『靖国』に助成金が出されたことについて質問した有村治子は、専門委員に九条の会のメンバーがいることを問題視している。

有村治子君 幅広い見識を有しということでございますが、専門委員の一人であるY氏、この方の信教の自由、思想の自由ということを尊重して、私は昨日は通告で明確にそちらにお伝えしてありますけれども、Y氏とこの場では言わせていただきましょう。
 Y氏は映画人九条の会のメンバーであり、その旨の発信をされていることを日本芸術文化振興会は御存じでしたか。九条の会というのは、御承知のとおり、憲法九条をめぐって護憲という立場で政治的メッセージを明確に打ち出し活動をされていらっしゃる団体です。その映画人九条の会のメンバーであること、御存じでしたでしょうか。
○政府参考人(尾山眞之助君) 日本芸術文化振興会におきましては、専門委員の委嘱の際に、先生御指摘の専門委員の方が御指摘の会のメンバーであることは承知していなかったと聞いておるところでございます。
有村治子君 先ほども申し上げたように、私がこの調査に乗り出したのは三日前でございます。こんなことさえ知らなかった。私たちがインターネットでも検索できる情報を日本芸術文化振興会は把握もしないで専門委員を選んでいらっしゃるんでしょうか。
 専門委員会の中立性、もちろんYさんにも思想の自由はあります。そして、それは尊ばれなければなりません。しかし、常識に照らして公正な立場で審議をされたとは到底思えない判断が次から次へとまかり通っている現状をかんがみますと、このY氏の政治的、思想的活動が当該映画の助成金交付決定に影響を与えたのではないかという国民の皆さん、私たちの疑念を振興会の公的責任として払拭していただきたいと思います。どうか払拭してください。御意見をお願いします。説明をお願いします。
○政府参考人(尾山眞之助君) 専門委員会は、基本方針や評価の観点を基に六人の専門委員会が合議の上で審査が行われ助成が決定される仕組みを取ることで、一人の委員の意見が大きく影響することがないような仕組みにしているということを聞いておるわけでございます。
有村治子君 つまり、思想的には大きな信念を持っている方が入っていらっしゃったということで、その影響を与えたのではないかという疑念を払拭するには当たっていない、そんなお答えだと私は認識しています。

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kaigirok/daily/select0101/169/16903270058003c.html

九条の会をこんな風に見ている人たちもいるんだ、というのがおどろきだった。思想的に大きな信念、ね。もっとぬるめの平和志向の市民団体くらいにしか思ってなかったけど。
もっとも、九条の会も地域によっては名前を伏せないと会場を借りられなかったりしているそうなので、ぬるめどころか迫害と戦う市民団体になっているのかもしれない。
この有村議員の発言には九条の会から抗議が出ている。
「映画人九条の会」が抗議声明を発表 - メルマガ詳細44号
NHK番組改変問題で、圧力をかけたと疑われた安倍中川は、少なくとも政治家としての自らの立場やパワーには自覚的だった。自分が動くとどうなるかよくわかっていて、それがわかっていたからこそ圧力をかけたことはないと否定したのだ。
それにくらべると稲田有村は、自分たちの言動がどのような影響をもたらすかに無自覚というか、無邪気な面があって、傍で見ていて余計に危うい気がする。
映画監督と刀匠の間ではさらに話し合う必要が出てくるのかもしれないが、政治家が間に入り込むのはもうやめてもらいたいと思う。

追記 2008-04-12

映画人九条の会の抗議声明は、こちらが見やすいです。
映画「靖国」をめぐり、「映画人九条の会」への不当な非難的言及に抗議する。