警察庁長官銃撃事件時効成立

1995年3月、国松孝次警察庁長官(当時)が銃撃された事件が時効成立となった。

警視庁は時効の成立を受け会見し「オウム真理教の信者グループが松本智津夫死刑囚(教祖名麻原彰晃)の意思の下、組織的、計画的に行ったテロと認めた」とする捜査結果を発表した。

四国新聞社

テレビのニュースでも会見の一部を見たが、くやしくてたまらないのだろう、それだけは伝わってきた。しかし、これは反則行為である。
公式には未解決で終わった事件について、独自の経路から誰も知らない「真相」に辿り着き誰も会ったことのない「実行犯」に直撃するのは、一橋文哉の担当だったのではなかったのか。警視庁が一橋文哉の仕事を奪ってどうしようというのだ。どれほどくやしくとも公の場では公式に則ってこその警視庁ではないか。
オウム真理教になら反則攻撃をしてもいい、というのもおかしい。警視庁は反則攻撃をしてはならないのだ。当然オウムにもしてはならない。
現在、迎賓館・横田裁判の差戻し審が行われている。
ムザイ(http://blog.livedoor.jp/perfect_innocence/
この事件も、「中核派を壊滅せよ」という旗印の下、左翼思想の持ち主への警察側の偏見・差別意識からもたらされた印象が強く、デッチあげ弾圧と言われても仕方がない事態になっている。
冤罪については、最近は他にもいろいろと問題になっている。そんな時期に「あえて」警視庁が反則攻撃を公の場で披露するというのは、何を考えてのことなのか。理解に苦しむ一幕だ。
四国新聞2010年3月30日号「表層・深層」では「上層部への怨嗟の声」と題して、この長官銃撃事件時効を取り上げていた。
公安部が主導し、「オウムが犯人と思わない者は、捜査本部から出て行け」と指揮者が公言、現場の証拠を積み上げ犯人像に迫る通常の手法より、オウムを追う捜査が優先された。

「掘った穴を、また埋めるような拷問のような意味のない捜査。捜査員がかわいそうだ」「決め付ける捜査はうまくいかない。広い視野でやるべきだった」。警視庁元幹部らは今こう振り返る。
(引用元:四国新聞2010年3月30日号「表層・深層」)

「上層部の方針」が現場を消耗させ、捜査を混乱させた例として、1987年から続いた朝日新聞襲撃事件(警察庁指定116号事件)の例が挙げられている。現場(兵庫県警)が早々に偽情報との確証を得た怪情報に東京(警察庁)がこだわり、何度も蒸し返して再捜査を指示、その度に現場は時間を浪費したとのこと。
テロっぽい事件は東京(警察庁)の上層部の妄想力を刺激しやすいというのもあるのかな。現場の声が無視され、そのせいで成果が得られないという悲劇が警察でも起こっているようだ。