- 作者: 湊かなえ
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/07/26
- メディア: 単行本
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自分の記憶で作られる過去と、他人の記憶で作られる過去。正しいのはどちらなのでしょう。
静かな田舎町のしぐれ谷で地元化粧品会社に勤める美人OLの惨殺死体が発見された。しぐれ谷OL殺害事件として報道され、ネットで話題が広がるにつれて「白ゆき姫殺人事件」と呼ばれるようになる。被害者が勤めていた会社のヒット商品「白ゆき」石鹸の商品名と、その会社の二人の女性をかけた意味合いを持たされて。
殺された三木典子はその美貌を、事件直後から行方不明になった三木の同僚・城野美姫はその名前から「白ゆき姫」になぞらえられる。
美人被害者と容疑者かとうわさされる地味な外見の同期の女性。フリーライター赤星雄治は、「白ゆき姫」と同じ会社に勤めている高校時代の同級生からの電話に刺激され、特ダネを狙って現地に飛び、ふたりの白ゆき姫を知る人たちに取材をはじめる。……
殺人事件をきっかけにして、「白ゆき姫」がこれまで関わった人たちにとってはどういう存在だったかが、関わりをもった人たちの口から語られていくのだが、ある女性について語ることは、その語る当人を物語ることにもなり、同じ行為が見る人によっては異なった印象で記憶されてしまうなど、日常によくあることなのだけれども普段は明確に意識しないで済ましている一面がおはなしの世界からくっきりと浮かび上がって見えてくることで、日々たまるよどみが浄化されるような快感と共に読み進むことができた。小説を読む楽しみのひとつが満たされた読書体験となった。
東京から取材にやって来たフリーライターに地方の人が感じる違和感や、聞かれたことにいっしょうけんめい答えようとするせいでよくわからない言い方になってしまったりするところなど、細かい部分のリアリティがドラマを活性させる。
各人の語りでまとめられた章の終わりごとに参考資料として、コミュニティサイトでのその時点での事件に関するやり取りや、フリーライター赤星が取材をまとめて週刊誌に発表した記事が掲載され、ある事件が語られること、そのとき私たちはどのように物事をとらえがちか、それを言葉で伝えるときどんなことが起きやすいかがうまく描かれており、現実をみなおす鏡を見ているようなおもしろさがあった。
また、女性たちは「あの人には呪いの力があるのよ」など、ちょっと聞くといかにも女らしい蒙昧さを感じさせる物言いをしているんだけれども、ずっと話を聞くと、それは単に自分が話の対象になっている人物についてどういう印象を持っていたかを表しているだけで、言っている当人もそういう言い方が現実的ではないことを承知の上で、それでもそう思った自分の気持ちを伝えようと言っているだけだったりするのがわかるし、一方で、男性は一見そういうくもりのない現実的なものの見方をしているように見えて、じつはあいまいな部分を切り捨てて自分自身にわかりやすいかたちに物事をまるめこんでしまうせいで、結局自分に都合よくわかりやすい現実を捏造しているだけだったりという、普段ありがちな現象を劇化して見せてくれている。
日常の人づきあいに疲れた女性たちが、芹沢ブラザーズというバイオリニスト兄弟に熱中するのも、傍目からはミーハーと揶揄されがちだけれども、彼女たちの切実な思いはその人の真実を宿しているというのも伝わってきた。
おはなし全体に、最近じっさいに起きた事件や社会現象がうまく織り込まれており、しかしそれをそのまんまではなく、エッセンスや色合いを巧妙に取り込んで「白ゆき姫殺人事件」という物語世界を現出させている。
城野美姫の小学校のときの親友は、城野に対して同性愛的愛着を持っていることがごく自然に表されているが、『告白』は「聖職者」しか読んでいないのだけれども、そこでも森口の同僚に性同一性障害の教師がいたことがさらりと語られており、湊かなえの作品はこういうところも好まれる理由なのかなと思った。
そこそこ自分に自信がある若い男にありがちな傲慢さをごくあたりまえに備えているフリーライター赤星に、針を打ち込むのはその城野の親友なんですね。赤星には悪いけれども、呪いの針ではなく、天誅に見えてしまいました。