村上龍「オールド・テロリスト」第十六回 文藝春秋2012年9月号

ミイラのような老人から十億円の資金を渡され、映画館での無差別テロを起こした「アル・カイーダ型」のネットワークの暴走を阻止しろと頼まれた関口。目的達成のためのチームを作らなければならないが、いまのところメンバーは関口とカツラギとマツノ君だけ。他に誰を引き入れればいいのかわからない関口。とにかく、自殺した心療内科医アキヅキの身辺を洗えば問題のネットワークについて何かつかめそうなのだが、それには情報収集と分析のできる者の協力が必要だ。
悩む関口に、カツラギが、かつて自分に性的虐待をしたためミイラのような老人から片腕を切り落とされる制裁を受けた叔父が、情報収集と分析のプロなのだと告げる。関口は、プロだとしても、そんな男を信用できるのかと問うと、カツラギはだいじょうぶだと答える。
「だって、叔父さん、わたしの言うこと聞かなかったり、裏切ったら、もう一本の腕も切られちゃうんですよ」
関口は、カツラギの叔父であるナガタという男に情報分析を依頼する。……
ナガタは中小企業の買収や合併を仲介する仕事をしており、そのための情報収集や分析のノウハウを持っているということで、カツラギ経由で面会した関口にぞっとするような苦悶の表情で自分は「あなた方を裏切るのが不可能な人間だから」依頼に応じますよ、と言う。
カツラギといい、ナガタといい、そしてミイラのような老人といい、現実にいてもおかしくなさそうな人物としてのリアリティを帯びて物語世界の中で生きている。私はこういうおはなしが大好きなので、続きが楽しみで仕方がない。カツラギさんがどんどん魅力的になっているのも見逃せない。
大震災から数年後の東京が物語の舞台になっているのだが、映画館での大規模テロの後、関口がことわりに出向いた編集部をはじめ、街全体の雰囲気がおかしくなってしまっている様子には大震災当時のことを思い出させるし、不穏な予兆が世の中に漂う事態は震災やテロに限らずそのうち現実に起こるかもしれず、村上龍の巫女的感性がどんな真実を映し出すのか胸をわくわくさせて待っています、というのは、不謹慎すぎるだろうか。物語の中では主人公・関口のいい意味でのオジサン力がこれから問われるわけだが、分別とユーモアと現実対応力は失われていない。がんばれ、関口!