インタビュー・ウィズ・シリアルキラー

DVDで鑑賞。実話に基づいたドラマ。
グリーンリバー殺人事件の捜査官が、連続殺人犯テッド・バンディに会いに行く。
冒頭、洗車中の男が物思いにとらわれた顔を、水が流れるガラス越しに撮った絵がいい。家族との団欒の最中にもふいに甦る悪夢。男は犯罪学者ボブ・ケッペル。1970年代には連続殺人犯テッド・バンディを逮捕した。死刑を目前にしたテッド・バンディは未だ自らの犯行について話そうとしていない。
1980年代、シアトルではグリーンリバー近辺で次々に女性の他殺体が発見されていた。このグリーンリーバー殺人事件を調べるレイチャート捜査官は、ケッペルに協力を頼む。捜査に加わることになったケッペルの元に、テッド・バンディからの手紙が届く。
「何人もの連続殺人犯と話した自分は誰よりも連続殺人犯の気持ちがわかる。事件解明の力になれる」テッドはそう言う。
グリーンリバー殺人事件捜査は進展が見られず、ケッペルはレイチャートと共にテッド・バンディに会いに行くことにする。
テレビムービーなので、映画に比べると場面が大きく変わることがなく、人の会話を中心にドラマが進む。だれない話運びと的確にその情景にはまる台詞、そして役者がうまい。ケッペルは、テッド・バンディが、グリーンリバー殺人事件の犯人を語るという形を取りながら、自らの犯行について語ろうとしているのではないかと推測する。
映像全体の質感、色調が、1970年代のアメリカ映画風。そんな画風の中で男たちが描かれる。がむしゃらに捜査に取り組む若いレイチャート、そんな彼を先輩として見守りながらもテッド・バンディ事件に対して屈託が消えないケッペル、人をバカにしたような態度を取り続けつつも死刑が近づく脅えも抱えたテッド・バンディ。特に、テッド・バンディとケッペル、因縁ある二人の男が互いに相手を意識し内面を探り合う、殺人事件を通してある意味濃密な対話をする、互いを分かり合おうとする、このあたり、男同士の関係、係わり合いを深く描こうとした作品が1960年代後半から1970年代前半くらいのアメリカ映画には目立ってたよな、そんなことを思い出させる。
女優は雑巾扱いと言われた1970年代のアメリカ映画。このテレビムービーでは女優はほとんど連続殺人の被害者で文字通りゴミ扱い。ゴミのように捨てられた女の死体を媒介にして男たちが関係を深めるという、いやもうテレビムービー自体がまるでバンディの犯行をスケールアップするグリーンリバーマンのように1970年代を再現してるようにも見えてくる。
例外的に、ケッペルの妻を演じた女優は、うまいところを見せてくれてるけどね。良妻賢母の役ね。
最後、死刑を目前にやっとバンディが自身の犯行について語る。彼の犯行の模様が映像として再現されるのだが、テレビムービーだから暴力の直接描写、肉体損壊や血吹きは出てこない。しかし、不快感は大きい。殴られて車に乗せられた女性の様子、その間のバンディの行動、死体を捨てて車に戻ってきた後ズボンのチャックを閉めるとか、それと再現映像の後にケッペルに問い詰められバンディが語る詳細とが合わさり、このテッド・バンディという男の犯した殺人の酸鼻な実相がひしひしと伝わってきて、もう実録物ならではの不快さ、こんな男を冗談でもヒーロー扱いすることがいかにまちがったことか、身に染みるようにわかってきます。このテレビムービーは、実録物として実によい出来、私はそう思いました。
見世物根性で血を噴き上げまくる興行師さんたちはたぶん気のいい人が多いんだろうな。質がちがうのよね、グロにもいろいろある。